京都簡易裁判所 平成8年(ろ)186号 決定 1996年8月26日
主文
本件公訴を棄却する。
理由
一 本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、対価を得て性交類似の行為をする目的で、平成八年四月二四日午後一一時四〇分ころ、京都市下京区西石垣通四条下る斎藤町一四〇番地の二六平井金七方先路上において、同所を通行中の田家和宜(当四二年)に対し、同人の身辺につきまといながら、『遊んでいかない』『四条ホテルよ』『二万円でいいの』などと申し向けて誘い、もって、人を売淫の相手方となるよう誘ったものである。」というものであり、罪名及び罰条として、「京都市風紀取締条例違反 同条例第三条」と記載されている。
二 右条例(昭和二七年条例第一一号)第三条は、「売いんの目的で道路その他公の場所において立ちどまったり、うろついたりまたは他人の身辺につきまとったり等して、相手方を誘った者は五、〇〇〇円以下の罰金または拘留に処する。」と規定している。
ところで、右条例が制定された当時の刑法第一五条は、「罰金ハ二十円以上トス」と規定し、罰金等臨時措置法第二条は「罰金は、刑法第十五条及び刑法施行法第二十条の規定にかかわらず、千円以上とする。」と規定していた(なお、罰金等臨時措置法第二条は、昭和四七年法律第六一号により「四千円以上」と改正)。
ところが、平成三年法律第三一号により、刑法第一五条は、「罰金ハ一万円以上トス」と改正(なお、平成七年法律第九一号により表記平易化)されるとともに、前記罰金等臨時措置法第二条の規定は削除された。
そうすると、現行刑法が定める罰金の寡額(最低額)は一万円であるから、「五、〇〇〇円以下の罰金」とする右条例第三条の規定は刑法第一五条に反し、法律上認められない罰金を規定したものとなっていることが明らかである。
そして、平成三年法律第三一号による改正後の罰金等臨時措置法第二条は、刑法ほか二法の罪以外の罪につき定めた罰金について、「その多額が二万円に満たないときはこれを二万円とし、その寡額が一万円に満たないときはこれを一万円とする」と規定しているが、条例の罪についてはその適用を除外しており、他方、平成三年法律第三一号附則第二項は、「条例の罰則でこの法律施行の際現に効力を有するものについては、この法律による改正後の刑法第十五条及び第十七条の規定にかかわらず、この法律の施行の日から一年を経過するまでは、なお従前の例による。その期限前にした行為に対してこれらの罰則を適用する場合には、その期限の経過後においても、同様とする。」と規定しているところ、右条例第三条の規定は、今日まで改正されていないから、平成三年法律第三一号の施行日である同年五月七日から一年を経過した時点で失効したものといわなければならない。
なお、右条例第三条は、罰金のほか、選択刑として拘留も規定しているが、罰金を定めた部分だけでなく、第三条全部の規定が失効したものと解するのが相当である。
なぜなら、平成三年法律第三一号附則第二項は、同法施行日のから一年以内に、刑法第一五条に反することとなる条例の罰則規定が改正されることを期待して規定されたものであると考えられるのに、京都市はこれを改正しなかったものであり、その結果、本来裁判官が刑の種類を選択して処断すべきものとされる行為者に対し、罰金刑を科する余地を完全に奪うことになったものであって、そのため、罪と刑との均衡を欠く事態を招くことになるおそれが大きいからである。このことは、同条例第四条第一項の「三月以下の懲役または五、〇〇〇円以下の罰金」、第五条の「六月以下の懲役または五、〇〇〇円以下の罰金」との罰則規定の場合を考えると、より明白である。
三 以上の次第で、京都市風紀取締条例(昭和二七年条例第一一号)第三条は刑法第一五条に反し、効力を有しないものであるから、同条例違反をいう本件被害事件は、刑訴法第三三九条第一項第二号の「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に当たるというべきである。
それで、本件公訴を棄却することにし、主文のとおり決定する。